心をくすぐる言いかえゲーム (はしの)
お正月のテレビ番組はどれも似たりよったりでおもしろくありません。つけたままのテレビには芸能人ゴルフ大会が映っていて、外来語=カタカナ語禁止ゲームをやっています。「バーディ」とか「OK」というカタカナ語を発するたびに一打罰になるというルールのゲームです。このテレビを見ていた小学4年生の息子が、家族みんなでカタカナ語禁止ゲームしようと言いだしました。みかんがのっているこたつでのんびりと過ごしていた私と妻と小学2年生の娘は、すぐに賛成し、ゲームが開始されました。
テレビはラグビー中継に変わりました。これは私にとって不利な状況です。ラグビーの試合に集中していると熱くなって我を忘れてしまうからです。いつも息子や娘にうるさいと文句を言われながらラグビーやサッカーの中継を見ている私は、カタカナ語を言わないように注意しているにもかかわらず、それでも思わず「今のファウルじゃん」とか「オフサイド!」とか叫んでしまいました。
しばらくすると、他人がカタカナ語を発するように、お互いをひっかけあうようになってきました。「オーレー〜オーレー〜」と歌の節をハミングする娘に続いて「マツケン、サ・ン・バ〜」と歌ってしまった妻がアウト。テレビのリモコンの近くにすわっている息子に「ちょっと変えてくれる?」と私が話しかけると、こちらの意図どおりに「何チャンネル?」と聞き返してくれた息子もアウト。でも相手をひっかけようと自分がしゃべりすぎると、カタカナ語を言いかえようと意識するあまり、サッカーを「ボール蹴り」と言ってしまうようなミスをおかしてしまいます。そうなると、全員が何も話さないというだんまり作戦です。
そんなとき、娘が「これ読んで」と息子にさしだしたのが、相田みつをの日めくりカレンダーです。息子が友だちの誕生会でプレゼントのおかえしにもらってきたものです。娘がひらいているページには、「トマトがトマトであるかぎりそれはほんもの トマトをメロンに見せようとするからにせものとなる」(日めくり文庫『にんげんだもの』2001年・角川文庫)と書いてあります。息子はそれをこんな風に読みました。
「『まんげつぶちゅっと』が『まんげつぶちゅっと』であるかぎりそれはほんもの 『まんげつぶちゅっと』を『しましまみどり』に見せようとするからにせものとなる」。「しましまみどり」はメロンを言いかえるために息子がつくった言葉ですが、「まんげつぶちゅっと」は、息子と娘が最近お気に入りの絵本『ぜったいたべないからね』に登場するローラがトマトをさして言ったものです。
『ぜったいたべないからね』(ローレン・チャイルド作、木坂涼訳 2002年・フレーベル館)は、好ききらいが多い妹のローラと、どうにかしてそれをたべさせようとするお兄ちゃんチャーリーのお話です。
「ごはんをたべさせておいてね」とパパとママはそう簡単に言って出かけてしまいますが、「あたし、まめいやだからね。にんじんも、じゃがいもも、きのこも、スパゲッティもいやだからね。たまごもソーセージもダメ。カリフラワーだってたべないからね。キャベツも、にまめも、バナナも、オレンジも、りんごだって、ごはんだって、チーズだって、さかなのフライだって、たべないからね。それかられいのトマト!ぜーったい、たべないからね」と言うローラにごはんをたべさせることは、ほんとうにたいへんなことなのです。でも今日のチャーリーには秘策がありました。
ローラがうさぎのえさと呼ぶにんじんを、はるばる木星からとどいた“えだみかん”だとチャーリーはローラに説明します。「にんじんそっくり」と言いながらも、ローラはひとくちかじってみます。まめは地球の反対側ではそらからふってくるという“あめだまみどり”、マッシュポテトは世界一高い山のてっぺんでとれる“くもぐちゃらん”。さかなのフライは人魚が毎日たべているという“ころもうみ”です。そして妹のローラが「あれがほしいの」と最後にゆびさしたものは、なんとローラが「ぜーったい、たべないからね」と言っていた、“れいのトマト”でした。ローラはトマトを「あたしのすきな“まんげつぶちゅっと”だもの」と言いきります。
『ぜったいたべないからね』は、お話だけではなく、絵やデザインも楽しめる一冊です。少し太めの黒い線で他の紙に描かれたローラとチャーリーは、コラージュされた背景に切り張りしてあります。ローラがにんじんをうさぎのえさと呼んでいる場面では、テーブルの上のにんじんのまえに、うさぎの写真が貼りつけてあります。
また、文字の大きさも形も色もならべ方も場面ごとに違っていて、木星からとどいた“えだみかん”が登場するページには、宇宙からとどく電波のように、空間に文字がぐにゃぐにゃと波うってならんでいます。ページをめくるたびに、今度はどんな仕掛けがあるのかと探してしまう、楽しい絵本です。
ものの名まえを言いかえるだけで、ローラの好ききらいを克服させてしまったチャーリーのユーモアのセンスは、子どもにかかわる大人の一人としてまねをしたいものだと思います。子どもに何かわかってもらいたいとき、説得したいときには、大袈裟にお芝居をしたり、言葉はわるいですが、ちょっぴりウソを交えたりしながら、ユーモアをもって接することが大切だと思うことが多いからです。
寝転がって「疲れた」とか「つまんない」という言葉を口ぐせのように連発する息子に、私が怒鳴ったとしても彼が行動を起こそうという気になるわけではないのに、「寝転がっていて、おもしろいことが起こるわけがないだろう!」と直截的な言葉を発してしまう私です。チャーリーのように、息子の心をちょっとくすぐるような言葉をかけてやることができたら良いのにと思います。
さて、我が家のカタカナ語禁止ゲーム。「今日の晩ごはんはなに?」と息子がキッチンにいる妻に声をかけました。時間をかけて考えたあげく、妻は「じゃがいものマヨネーズあえ」と答えました。どうやら息子のきらいなポテトサラダのようです。言ってしまったあとで、顔をハッとさせ、「あ〜、マヨネ〜ズ〜」と流しのまえにくずれおちた妻でした。
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