背中を押されて、歩きだしたじゅん君 (コリーナ)
本を手にとっても、それは形だけのような4年生のじゅん君が、自分からすすんで読んだ本です。この男の子は、いつもかずき君といっしょに遊んでいます。外でも校舎内でもよく走り回っている姿を見かけますが、なぜか裸足のことが多い。大きなグループで遊ぶことがあっても、最終的には、かずき君のそばにいます。その場所にいるのが、いちばん心が落ち着くようです。だから、一人になってしまうと、とたんに不安なようで、その友だちを探しているような表情になります。同様に、授業など一人で机に向かわなくてはならなかったり、課題に取り組まなくてはならなかったりすると、とたんに集中力のなさが表れてしまうといった子どもです。
ですから、読書も彼にとっては苦手と思っているものだったようです。まわりの友だちがとても楽しそうに本のページをめくっていても、なんで楽しいのかわからないと感じているような男の子でした。読書の時間も、本を決められずに終わってしまうことが多く、かずき君の近くで本を探すふりをしながら時間を過ごしていました。機会を見つけては、こちらから「どんな本、さがしているの?」と声をかけていましたが、どの本を示しても興味を持たないようでした。
その中で、じゅん君が反応を示したのがこの「ひとりでいらっしゃい」でした。怪談話というだけで、興味を示してくる子どもはとても多いのですが、さらに近くにいたかずき君が「あっ、それ読んだ!おもしろかったぜ。」と言ってくれたのが効いたようです。じゅん君は「じゃあ、借りてみようかな。」といった様子で貸し出しをしていきました。かずき君の言葉が、大きく影響していることは間違いありません。
この「ひとりでいらっしゃい」は、大学三年生の兄が忘れたラケットを大学に届けるところから始まります。兄より十歳年下の隆司にとって、大学のキャンパスそのものが異空間の入り口となります。兄にラケットを渡した後、隆志は六号館研究棟で迷子になり、<助教授西戸四郎>の部屋に行くことになりました。そこは、『怪談クラブ』といって、一人一人がその月のテーマにあった怪談話を持ち寄って話すクラブの会場でした。今月のテーマは<子ども>。隆志は、このての話が大好きでしたから、喜んでその場に参加しました。そして、いろいろな怪談話を聞いたのです。
翌週の読書の時間、じゅん君は再び書架のあいだを「なんか、本あるかなー?」といった様子でいました。そこで「今週は、なに読む?」と声をかけてみたものの、内心では「ひとりでいらっしゃい」もだめだったのかなぁと思っていました。何冊か紹介しながら彼に手渡していっても、なんだか気乗りしないようす。すると、「やっぱり、前の借りよう。」と「ひとりでいらっしゃい」を借りていったのです。170ページあまりのこの本を一週間で読みきるのは、彼には難しいと思いつつ、内容が7つの怪談話になっているので少しでも読めるかな、と思っていたのですが、やはり全部は読めなかったようです。けれども、続けて借りてくれるとはおもしろかった証です。
この物語の怪談クラブに入る条件は二つ。“「その月のテーマになる怪談話を一つ用意してくること。”と“ひとりでくること”。その月ごとに怪談クラブのメンバーが、怪談話を披露していく。そして、最後には…。
学校の図書室に「何かこわい本なーい?」とくる子どもは多いです。そんなときに、差し出す本のなかの一冊です。じゅん君が本を楽しめるようになったことを担任の先生に話すと、こんな話を教えてくれました。彼は学力の定着もゆっくりしたペースなのですが、同じように遊んでいるのかずき君のほうが点数をとるのを不思議に思っていたというのです。遊ぶのも、時間に遅れるのも、叱られるのもいっしょなのに、なんで友だちは、漢字をぼくよりたくさん読めたり、書けたりするのだろうかと…。それに対して担任の先生は、「それは、たくさん本を読んでいるからだよ。」と答えたそうです。かずき君がおもしろいと思った本の世界を知りたいという思いから、じゅん君自身がこれまで知らなかった本の楽しい世界を知ったのです。本を読む楽しさを友だちと共有して、さらになにかのきっかけになってくれたらいいと思いました。
この物語の終わりかたも、なんだかつきはなされたような印象のものです。いつも一人では過ごせなかったこの男の子にとって、それは背中を後押しされたような思いにつながったかもしれないと思いました。初めは、一人で歩くのが不安でも、少し時間がたてば、仲良しの友だちもすぐ近くを一人で歩いていることに気づくかな、とも思っているのですが…。
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