「いろんなひととおともだちにならなきゃだめよ」なんて、大人にだってむずかしい!
(コリーナ)
図書室にいたら、3年生の女の子がそばによってきて、私にこう言った。「なんだか、この本つい読んじゃうんだよね。おもしろいね。」そう言いながらも、すぐに視線は本へともどっていった。本を開いているのは友だちの女の子。その子は、顔もあげずに本の世界にはいっているようだ。二人の女の子は、カーペット敷きの床に座り込んで、ページをめくっていた。この二人がこの絵本を手にとるのは、これで何度めだろう、といえるほどよく見ている。
この絵本の題名にもなっている[ブッチー]のママとわたしのママは、とてもなかよし。ブッチー親子が家に遊びに来ると、ママは「いっしょにおへやであそんでいらっしゃい」って言う。ブッチーは、ママたちがいるところでは、「はーい」と、とてもいいお返事をする。でも、子ども部屋でふたりっきりになったとたん、ブッチーはきょうりゅうブッチーザウルスになって、とってもいじわるになる。
大人の前では、とてもいい子で、子どもどうしになるといばりんぼうでいじわるになるブッチー。ママに言っても、「お友だちとは仲良くあそぶのよ」と言うばかり。そのうえ、今度はブッチーがうちにとまりにくることになった。こうなったら、自分で作戦をたてるほかない。私は、新しいあそびを考えた。これならブッチーをやっつけられるだろう。
とてもたくさんの子どもが、この女の子と同じような思いをしていることが多いようだ。それは、このお話を聞くときの子どもの真剣さから伝わってくる。大人だと笑ってしまうようなところも、とても真剣だ。そのすがたを見ていると、安易に大人が「だれとでもなかよくするのよ。」と言ってしまうことが子どもにとってどんなに無責任な言葉なのか思い知らされる。この絵本のなかで、ママが娘にいうことばは、決して特別な言葉ではない。「だれとでも、なかよくするのよ。」「そのあそびはやめてみたら、って言ったら?」など。
女の子が、ゆめの中ではブッチーをやっつけるのを楽しんだり、あるいは夢の中までもブッチーにいじめられたりする様子は、友だちとの関係が子どもにとって、どんなに大きな割合を占めるかをあらためて教えてくれる。
子どもの気持ちにとっても近い絵本だ。
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