みんながニコニコしてしまう意外性のおもしろさ (はしの)
「8時40分に校長室に来てください」と、息子の担任からあたりまえのように伝えられたものの、職員室に行くこともあたりまえではない小学生だった私は、なんで校長室に行かなければならないんだと、さらにドキドキしながら小学校に向かうことになりました。校長室にいる時間をなるだけ少なくしようと、約束の時間ちょうどに学校に到着するよう、時計をにらんで出発しました。
初めての読み聞かせ、それもいきなり二年生の4クラス全部をまわってしまおうという大胆で無謀な試みは、息子の担任との立ち話で、あっさり決まってしまいました。私が子どもの本が大好きであること、子どもたちと本を読んでみたいと思っていることを知った先生は、「ぜひ、やりましょうよ!」と他のクラスの先生方にも声をかけてくれたのでした。当日の準備に向け、連絡帳やメモで何回も行われた先生と私とのやりとりは、息子が「交換日記みたいだね」というほどでした。
しかし、どんなに準備しても、心配はなくなりません。当日の朝、不安を少しでもなくそうと声を出しながら練習する私の頭の中は、つっかえてしまったらどうしよう、字が見えなかったらどうしよう、立って読むか座って読むかはクラス毎に違うみたいだぞ、と次から次へと心配がわきでてきます。そんなたくさんの心配ごとのなかで、いちばん私を悩ませたのは、子どもたちが楽しんでくれなかったらどうしようか、楽しんでくれる雰囲気をどうやったらつくることができるだろうか、ということでした。
そんな私が、この本だったらかたくるしい雰囲気をやわらげ、子どもたちが「もしかしたら、このおじさん、おもしろい人なんじゃないか」と思ってくれるかもしれないと、一番はじめに読む本に選んだのが、『これはのみのぴこ』です。
「これは のみの ぴこ」「これは のみの ぴこの すんでいる ねこの ごえもん」「これは のみの ぴこの すんでいる ねこの ごえもんの しっぽ ふんずけた あきらくん」と1ページごとに言葉がつみかさなり、はじめは1行だけだったページも最後のページは行がいっぱいになります。
ページをめくるたびに登場する新しい人物は、こんな人がこんなことするわけがないという、その人には似つかわしくない行動をとり、こんなことがあるわけないという意外な場面が展開されます。小学校二年生の息子はもちろん、幼稚園年長の娘も大好きな本で、いつも二人で大きな声を出して、どちらが早く正確に読むことができるかを競いあうのですが、ハアハアと息をきらせて読み終えた二人の顔は、なぜかニコニコしているという楽しい本なのです。
教室の子どもたちはよろこんでくれるでしょうか。「これは のみの ぴこ」と読んだ1ページ目から反応がありました。「のみだって」という声や「ふふふ」という笑い声。ことばがつながり、変わっていく場面に、「ぴこと関係ないじゃん」とか「『ぎんこういんと ぴんぽんを する おすもうさん』だってさあ」とページを進めるととも声をあげる子どもたちが増えていきました。銀行員とお相撲さんというつながりがなさそうな人たちが、実はピンポンをする仲間であるという意外性のおもしろさを子どもたちは楽しんでいるようです。スーツに黒ぶちメガネという典型的な姿の銀行員が、しそうもないピンポンを、お相撲さんとする、こんなことあるわけないじゃないか、でもあったら楽しいなと思わせるのは、和田さんが描く絵によるところも大きいでしょう。
私はこの本を読むときは、1ページを必ず一息で読むことにしています。最後のページに近づくにつれ、息がだんだん苦しくなっていきますが、これは読み手にとっても聞き手にとってもスリル満点です。ページをめくって新たに加わったフレーズだけはゆっくり読むと、場面が展開したことがわかりやすくなるとともに、何とか読みきったという安堵感も一緒に伝えられるように思います。途中から私が一息で読もうとしていることに気がついた子どもたちは、どんどん増えていくことばに、ページを読み終えるたびに「はぁ〜」というため息をつき、「がんばれー」という声援をかけてくれるようになりました。読むまえの私の深呼吸にあわせて、みんなも深呼吸。最後のページを一息で読み終えたときは大きな拍手をもらうことができました。おかげで、その後に読んだ2つのお話も、子どもたちは集中して聞いてくれました。
最後に、先生の発案で『これはのみのぴこ』を一人一人、1ページずつ読んでいきました。読み終わった人が次の人を指名。ハイ、ハイとたくさんの手があがります。息子も指されました。読みなれているからでしょう、得意げに読み始めた息子でしたが、そういう時に限ってつっかえてしまうところが彼の良いところです。ゆっくりゆっくり読む友だちにも、つっかえながらも最後まで読みきった友だちにも、みんなの拍手と歓声。最後のページを読み終えて、楽しく時間を終えることができました。私が小学生だったころにはなかった「ごはん給食」をみんなと一緒に食べて、終わりの会にも出席し、机といすを黒板の方に寄せて掃除の準備をする子どもたちと抱き合ったりハイタッチをしたりしながら別れました。
近所のお母さんたちから聞いた話では、家に帰ったとたんに子どもたちが「これは のみの ぴこ」と暗誦をはじめたそうです。先日も登校途中の男の子に「ああ、本読んだ人だあ。うちに『のみのぴこ』あるよ、買ってもらったんだ」と声をかけられました。胃が痛くなってしまうほど心配で不安だった自分を励まし、「今日読む話は、自分が好きなものばかりだから、そういう気持ちだけでも伝わると良いなあ」と読み聞かせに出かけた私にとって、もしかしたら少しは伝わったかもしれないと思わせてくれるうれしい出来事でした。こんな風に、これからも本を通じて子どもたちとつながっていきたいと思っています。
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